【COGHCC聖書通読】 2018/09/12 - 伊藤ファミリーBLOG

ゼカリヤ書 4:1-3

わたしと語った天の使がまた来て、わたしを呼びさました。わたしは眠りから呼びさまされた人のようであった。 彼がわたしに向かって「何を見るか」と言ったので、わたしは言った、「わたしが見ていると、すべて金で造られた燭台が一つあって、その上に油を入れる器があり、また燭台の上に七つのともしび皿があり、そのともしび皿は燭台の上にあって、これにおのおの七本ずつの管があります。 また燭台のかたわらに、オリブの木が二本あって、一本は油をいれる器の右にあり、一本はその左にあります」。

ゼカリヤが見た第5の幻は、メノーラーと呼ばれる金の燭台と、両脇にある2本のオリーブの木でした。これはイスラエルの国章にもなっている聖なる器です。

メノーラーについてはこちらを参照すると良いでしょう。

http://meigata-bokushinoshosai.info/index.php?cmd=read&page=七つのともし火皿が燭台の前方を照らす&word=メノーラー

天の使はゼカリヤに「何を見るか」と問いかけますが、私たちにとって主の啓示に目が開かれることはとても大切なことです。神様の真理について盲目になってはなりません。そして細部に至るまで注意深く観察し、霊の目で見たありのままを答える素直さが必要です。

http://bible.com/81/zec.4.1-3.ja1955

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ゼカリヤ書 4:4-7

わたしはまたわたしと語る天の使に言った、「わが主よ、これらはなんですか」。 わたしと語る天の使は答えて、「あなたはそれがなんであるか知らないのですか」と言ったので、わたしは「わが主よ、知りません」と言った。 すると彼はわたしに言った、「ゼルバベルに、主がお告げになる言葉はこれです。万軍の主は仰せられる、これは権勢によらず、能力によらず、わたしの霊によるのである。 大いなる山よ、おまえは何者か。おまえはゼルバベルの前に平地となる。彼は『恵みあれ、これに恵みあれ』と呼ばわりながら、かしら石を引き出すであろう」。

神様の啓示に目が開かれても、聞く耳が塞がれているならば、その意味することを余すことなく理解し、信じ受け入れることはできません。私たちは「わが主よ、これらはなんですか」と御心を直接尋ねることができるさいわいに与っています。そして「知らないのですか」との主の問いかけに対し、知ったかぶりすることなく「知りません」と正直に答える素直な心を持ち合わせている者だけが、神様の御言葉の真理を聞き出すことができます。その答えが「権勢によらず、能力によらず、わたしの霊によるのである。」という有名な御言葉です。この御言葉そのものは、直接的には神殿再建を指導する総督ゼルバベルに対して語られたと共に、主の再臨の日に起こるべきことをも預言しています。その真理は、「主よ、これらはなんですか」と私たち自身が主に問いかけることによって開かれるのです。

http://bible.com/81/zec.4.4-7.ja1955

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ゼカリヤ書 4:8-10

主の言葉がわたしに臨んで言うには、 「ゼルバベルの手はこの宮の礎をすえた。彼の手はこれを完成する。その時あなたがたは万軍の主が、わたしをあなたがたにつかわされたことを知る。 だれでも小さい事の日をいやしめた者は、ゼルバベルの手に、下げ振りのあるのを見て、喜ぶ。これらの七つのものは、あまねく全地を行き来する主の目である」。

主の使は、神の宮の基礎を据えたゼルバベルが、権勢に依らず、能力に依らず、神の霊によって神殿再建を果たすことを告げると共に、その成就するときには主が預言者ゼカリヤを遣わされたことを知ることになると告げました。小さい事の日をいやしめた者とは、神殿の基礎を据えた日に、ソロモンの神殿を思い出して、あまりの規模の小ささに悲しんだ老人たちです。「小事に忠ならぬ者は大事に忠ならんや」との御言葉の如く、たとい小さな事であっても忠実に果たす者こそ、神様が大きな事をも成し遂げる器として用いらます。それを喜ぶのが、全世界を見渡す7つの目と表現された聖霊なる神様です。

http://bible.com/81/zec.4.8-10.ja1955

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ゼカリヤ書 4:11-14

わたしはまた彼に尋ねて、「燭台の左右にある、この二本のオリブの木はなんですか」と言い、 重ねてまた「この二本の金の管によって、油をそれから注ぎ出すオリブの二枝はなんですか」と言うと、 彼はわたしに答えて、「あなたはそれがなんであるか知らないのですか」と言ったので、「わが主よ、知りません」と言った。 すると彼は言った、「これらはふたりの油そそがれた者で、全地の主のかたわらに立つ者です」。

ゼカリヤが見た幻の中にあるメノーラーの両脇にある2本のオリーブの木について、ゼカリヤは天の使に再び「なんですか」と尋ねました。神様の示される真理について、わからないことはわからないと何度も尋ねることは、更なる恵みを深く掘り下げて味わい知るために重要なプロセスです。天の使は、これらは主のかたわらに立つ二人の油注がれた者と答えましたが、これは当時の人々が目に見ることのできた総督ゼルバベルと大祭司ヨシュアのことではなく、ヨハネの黙示録11章に記された、世の終わりの時に来る二人の証人と受け止めることが妥当です。旧約聖書新約聖書とつながっていることを、預言書を注意深く紐解くことにより更に深く知ることができますから感謝いたします。

http://bible.com/81/zec.4.11-14.ja1955